2012年からの7人制日本代表強化


 2012年になり、男女代表HCにフルタイムの指導者を迎え、日本の7人制は、転機を迎えた。男子には、東芝を率いて日本選手権優勝を飾った瀬川氏がHCに就任、女子には、自身も代表としてプレーした浅見氏がHCとして、とチームを引っ張ることになった。
 女子は、強化が本格的にはじまる前から女子代表が大切にしてきた「日本代表チームへの尊敬」そして「日本代表選手」としての責任・自覚を大切にし、「金メダル」という高い目標を掲げることで、選手のインターナショナルレベルで戦う意識をまず高めた。「SAKURA SEVENS」という愛称がつき、2012年以降、多くの人々に女子ラグビーを知ってもらうことができた。
 チームとしては、選手の「アスリート化」を目指した。サイズの小さい選手が多かった代表チームに、新たな戦力として、他競技から身体能力の高い選手を発掘し、代表チームが直接、そうした選手たちを強化した。ラグビーを長くプレーしている選手たちは、他競技から種目転向してきた選手たちから、特にS&Cトレーニングで影響を受け、良い意味で相互作用があった。体を鍛え、身体が目に見える変化をすることで、自分の成長を自分たちで強く認識することができた。
 また、日本人女性の「忍耐強さ、粘り、あきらめない」という点を自分たちの強みとして、ハードなトレーニングにもポジティブに取り組むことを目指した。こうした強化を通して、メンタル面でも選手たちがタフになっていった。
 強化は20名近くの代表スコッドを集中的に強化し、その間の代表招集日数は、2012年以降、2016年8月の五輪までで1000日前後となった。代表スコッド内での競争も激しくなった中で、他競技から種目転向してきた選手が3名、五輪に参加した。
代表チームとしての強化が進む中で、国内大会が増加し、国際大会への参加数も過去と比較して大幅に増えた。2012年から、日本代表として戦った国際大会での試合数は、合計235試合を数えた。
 強化を通して、サイズのある海外の選手たち相手に「ブレイクダウンの継続率」、「セットプレー獲得率」も向上した。ラグビー以外の生活面でも「アスリート」として成長を促した。
 食事・休養/リカバリー・睡眠の選手の意識を改善、怪我・コンディションの考え方、リハビリ・リコンディショニング、セルフケアの知識も増えた。
 2015年、リオデジャネイロ五輪のアジア予選は2ラウンド制で行われた。2大会で連続優勝し、出場権を獲得できたことは、まず何よりも、選手のコンディションのピーキングがうまくいった結果である。
 五輪予選第2ラウンドは、女子7人制日本代表として初めて秩父宮ラグビー場で戦うことになった。チームには、プレッシャーもあったが、たくさんのファンの声援そして日本ラグビー界一丸となったいただいた応援が、勝利の大きな一因となった。そして、2010年アジア大会5位から、五輪出場に至ったのは、何よりも、選手たちの懸命さ、そして携わるスタッフの尽力であったことは間違いない。
 男子も、リオ五輪でメダル獲得を最大の目標に掲げ、強化をスタートした。日本人の身体的な特徴を考慮したセブンズの専門的なプログラムを実行するために3つの強化の柱を定めた。セブンズプレイヤー及びコーチのフルタイム化による継続的な強化、年間150日以上をセブンズ日本代表として活動、そして医化学サポート(動作解析、GPS測定による運動強度管理、JISSの設備活用)の活用、である。
 この3つの柱のうち1番目にあるセブンズプレイヤーのフルタイム化による継続的な強化については、オリンピックの前年でようやく実現することができた。裏を返せば最初の2年間は代表合宿や大会ごとにメンバーが入れ替わり、選手が継続してセブンズをプレーすることが困難であった。そのためにオリンピックを見据えて世界の強豪国と戦うための肉体づくりを行う鍛練期に計画的なトレーニングを実施することができなかったことが悔やまれる。コーチングにおいても新しいメンバーにはセブンズのスキルや戦術を一から落とし込まなければならず、毎回同じようなセブンズの基礎トレーニングやミーティングが繰り返され、多くの時間をセブンズの強化に費やしても戦術の発展や成果を積み上げていくことができない苦しい時期でもあった。
 そのような中でアジア勢としても初のセブンズ・ワールドシリーズのコアチームに昇格(2014年3月)したことはセブンズの強化にとって大きな一歩となった。
 セブンズ・ワールドシリーズはナショナルチームが世界を転戦しながら総合優勝を争う。このシリーズにコアチームとして全ての大会に参戦することは数多くの国際大会の経験を積むためにも、セブンズの地位と認知度をあげるためにも必要最低条件であり、セブンズ日本代表の悲願であった。
 結果的には2014−2015シーズン1年でコアチームから降格してしまうことになったが、この経験は選手がプレー面で、世界レベルを知ることができただけでなく、7人制に対する取り組み姿勢においても大きな影響を受けた。またコーチ、メディカル、マネージメントスタッフにとっても世界水準を理解し、成長する機会となった。
 一発勝負で絶対に失敗が許されないという大きなプレッシャーがかかるオリンピック・アジア予選(2015年11月)やコアチーム再昇格大会(2016年4月)で自分達の力を一貫して発揮し、優勝することができたこともこのコアチームでの経験があったからである。
写真・図表
「アジア予選 第2戦 日本大会 優勝」リオデジャネイロ五輪出場権獲得(2015.11.29 秩父宮ラグビー場)