脳振盪に対する対応の変遷


 従来、脳振盪を生じた選手に対する対応はIRB(International Rugby Board当時。現在WR)の規定第10条医学的関連事項に則って行われてきた(表1)。
表1 IRB 規定第10条 医学的関連事項
10.1 プレーヤーが脳震盪をおこした場合、試合またはトレーニング・セッションに少なくとも受傷後3週間は参加してはならない。再び参加する場合は、適切な医学的検査後、症状がなく、参加できる状態であるとの所見を得てからのみ参加できる。当該所見は、プレーヤーの医学的検査を行った人物により作成された書面 の報告書に記録されなくてはならない。
10.2 下記規定10.3条にいう場合を除き、3週間の期間は、適切な資格を有し、認知をされた脳神経科の専門家が適切な検査を行い、プレーヤーが症状もなく、プレーするに適している状態であると宣告した場合は短縮できる。当該宣告はプレーヤーの検査を行った資格を有し認知された脳神経科により作成された書面 の報告書に記録されなくてはならない。
10.3 年齢別のラグビーにおいては、3週間の期間は必須のものとする。
注1 脳震盪は、頭部または顔面に打撃を受けたとき、脳が負傷することにより生じる。意識喪失の時間がなくても、脳震盪は生じている場合がある。脳震盪の症状には、以下のいずれかが含まれる
 意識喪失 めまい、または、ふらつき
 記憶喪失 嘔吐
 錯乱及び失見当 頭痛
 物が二重、または、ぼやけて見える
負傷時に起こったことを、瞬間的であれ覚えていないというのが、選手が脳震盪を起こしている、または、起こしたという最もよくわかる症状である。

 しかしながらこれを見ても分かるように脳振盪の定義については明確にされていない。
 そのため、現場では競技続行の判断に難渋するケースや、判断する人によって見解が分かれるケース、勝敗にこだわるあまり誤った判断ではないかと思われるケースなども時に見受けられた。
 2011年、WRはConsensus Statements on Concussion in Sports(Zurich)を基に上記の内容を大きく変更し、脳振盪ガイドラインとして発表した。
 ここには脳振盪を起こした選手だけではなく脳振盪の疑いのある選手も同様に取り扱うという内容が盛り込まれ、従来とは対応を異にする内容に変更された。
 (このガイドラインは2015年に更新され、現在は脳振盪ガイダンスという名称になっている。最新版はWRのホームページを参照されたい)
 しかしながら、2011年に行われたRugby World Cup(RWC)において、チームドクターが頭部外傷を受けた選手の評価にかけた時間は平均でわずか68秒間に過ぎないこと、また、脳振盪を起こした選手(すなわち退場すべきであった選手)の56%が競技を継続していたこと、チームドクターがチューリッヒ会議で推奨された多角的評価(症状、認知機能、バランス機能)を行った形跡が認められなかったことが明らかになった。
 これらのことは脳振盪を起こした選手を短時間で適格に評価し、退場させることが困難であることを示しているといえる。
 そこで2012年にはピッチサイドでの選手評価に5分間の時間を与えるPitch Side Concussion Assessment(PSCA)が試験的に導入され、これにより退場すべき選手の試合継続率を12%にまで低下させることができた。
 その後PSCAの評価項目に変更を加え、評価時間を10分間に延長したHead Injury Assessment(HIA)というツールが2014年5月に作られ、IRB執行委員会で使用が承認された。
 この評価方法は2014年6月のテストマッチシーズンから導入され、RWC2015年大会でも取り入れられた。
 その結果、大会での前述の試合継続率は56%から4%へと大幅に低下させることができた。
 HIAが実施される試合はWRが承認した成人のエリートラグビーの試合のみに限定されており、承認を得るにあたってクリアしなければならない事項は多岐にわたっている=表5。
表5 HIA実施申請にあたっての必要条件
必要な事項:下記をすべてそろえた上でWRの承認をもらう
•全選手のHIAに関する同意書
•全選手の循環器メディカルチェック
•全選手とチームスタッフの脳振盪に関する12か月以内の教育実施
•全選手の脳振盪評価のベースラインデータ
•チームメディカルスタッフ・コーチの同意書:HIA,GRTP,リサーチへの協力について
•チームメディカルスタッフの資格取得(ICIR・ICISレベル2以上)
•チームメディカルスタッフのE-ラーニングの修了書:4種類
•試合時のビデオチェックシステム
•異議申し立てやレビューに対する組織つくり

 それ故、対象となる試合はWRが主催する国際試合(RWC、WRU20チャンピオンシップ、セブンスワールドサーキットなど)やトーナメント、日本代表戦などに限られていた。
 それ以外の国内での試合では所謂recognize and remove(脳振盪の疑いがあれば退場しなければならない)が適応されるが、このプロセスが適切に実施されていないのではないかという指摘と改善の要望が2015年シーズンに海外メディアや選手会(International Rugby Players Association)からなされた。
 また、我が国がRWC2019年大会を控えていることからHIAに習熟するための準備期間を十分にとる必要があり、トップリーグ公式戦にこのシステムを早期導入することをWRから強く推奨された。これらを受け日本協会では2016-2017シーズンのトップリーグ公式戦にHIAを導入することを決定し、承認を受けられるよう準備に入った。