昭和24年(1949)度 第2回社会人大会決勝

昭和25年(1950)1月6日 花園ラグビー場

三井化学 39-0 住友奔別

三井化学が第2回大会を制す

昭和24年(1949)度 第2回社会人大会決勝
1950年1月6日 G:花園ラグビー場 R:杉本彰 KO 14:00
三井化学 39 0 住友奔別
1 猿渡 清樹(明大) 23 0 1 兼重 三次郎
2 藤原 敏行(明大) 16 0 2 小池 哲夫(幾春別中)
3 菊次  嵩 3 菊池  武
4 宮本 信海 6 T 0 4 斉藤 光男
5 柴田  勲(明大) 1 G 0 5 三輪 秀雄
6 今村  諭 1 PG 0 6
7 松本 秀雄 0 DG 0 7 佐藤 菊治(秋田工)
8 柴田 弘干(明大) 8 西岡 仁泉(明大)
9 安武 恒夫(明大) 4 T 0 9 川村 久志
10 久羽  博(明大) 2 G 0 10 熊谷 礼三
11 木下  実 0 PG 0 11 菅野  明
12 籾田  継 0 DG 0 12 佐藤  力
13 堀  博俊(早大) 13 天野
14 千原  直 9 11 14 小林 三郎
15 江崎  茂 15 佐藤  敏
両チーム、キャプテン不明

 この大会から8地区の代表が出場することになった。東北代表仙台鉄道局の棄権により7チームで覇を競ったが、準決勝で近鉄を14−12と僅差で破った九州代表の三井化学が決勝で北海道代表の住友奔別を大差で下して優勝した。

 三井化学明大出の精鋭で固め、柴田兄弟、藤原のFW陣に安武恒夫、久羽博のハーフ団に加えて早大出の名手堀博俊をCTBに加える豪華メンバーで、優勝候補の筆頭に上げられていた予想どおりの力を見せた。安武恒夫は第1回大会では配炭公団を率いて優勝しており、24年9月に解散後三井化学に移ったため異なるチームで連続優勝を果たす珍しい記録を生んだ。この大会では住友奔別が激しいひたむきなプレーで、四国配電、神戸製鋼を下し、ファンに強烈な印象を与え評価を高めた。