第2章 注

[注01]

 川西市発行『かわにし 川西市史』第3巻(昭和55年)p641-642及び小田康徳著『川西の歴史今昔 猪名川から見た人とくらし』(2018年/神戸新聞総合出版センター)p206-207を元に記述

[注02]

 『かわにし 川西市史』第3巻p642-653及び『広報かわにし』第436号(昭和54年11月1日号)p2-3を元に記述

[注03]

 「実施を前提とするものでないこと」「予備調査は昭和42年3月末までに完了すること」「調査結果を地元民に報告すること」を条件に、地元として協力することに決定した。予備調査は、昭和42年7月末まで行われた

[注04]

 国崎は全27戸が、一庫は4戸が、それぞれ水没との想定が示された

[注05]

 川西市発行『一庫ダムのあゆみ 資料編』(昭和57年)から引用

協定書
一庫ダム建設事業の施行に伴い、水資源開発公団一庫ダム建設所長(以下「甲」という)並びに川西市一庫ダム対策委員会委員長(以下「乙」という)は、
 兵庫県知事                   金井 元彦
 大阪府知事                   佐藤 義詮
 近畿猪名川流域総合開発促進協議会長 豊中市長  竹内 義治
 川西市一庫自治会長               森本 秋生
 国崎自治会長                  小笠原 正雄
 黒川自治会長                  北野 常吉
 笹部自治会長                  中西 利雄
 川西市長                    伊藤 龍太郎
の立会を得て、次のとおり協定する。
第1条 この協定は,甲の一庫ダム建設事業の実施に伴い、甲と乙(以下「当事者」という)の間において、今後おこなわれることが予想される次条以下についての協議、交渉または調査、工事等(以下「協議交渉等」という)に関し、乙がこれを了承するに当り、この事業を通じて当事者間における基本的な考え方並びに態度などについて、相互に確認し、将来の紛糾の防止、並びに事業の円滑化をはかることを目的とする。
第2条 乙は一庫ダム建設事業の施行に伴う、甲との間における補償基準の交渉及び妥結の権限を関係地区の関係者から委任をうけ、これを代理する。
2  乙は委任状を甲に提出するものとする。
第3条 甲は一庫ダム建設事業の施行にあたっては、地元の要望と立場を尊重し、昭和43年8月、甲が乙に対して行なった説明どおりの精神を体し、みだりに法的措置をとらないことを再確認し、誠意をもってこれにあたるものとする。
2  乙は一庫ダム建設事業の推進のため、今後行なわれる協議又は交渉及び調査、工事に誠意をもって協力するものとする。
第4条 甲は宅地、田、畑、山林、原野その他すべての財産又は施設等の補償基準の策定にあたっては、生活再建と地域の特殊性に深く意を用い「水資源開発公団の土地等の取得に伴う損失補償基準を定める規程の運用方針(昭和41年6月6日)」に従い、近傍における類地の取引価格によって補償すべく誠心誠意努力し、正当な補償を行なうものとする。
第5条 甲は一庫ダム建設の施行に伴い、水没等により社会生活の基盤となる部落が大部分立退くため、又は工事のため、生活に大きな支障をきたす者については、関係者と協議し、実態に即した適切な補償を行なうものとする。
第6条 甲は家屋等の建築物又はこれらに付随する工作物の移転補償については、移転先において移転前と同程度以上を目途とする再建が可能な補償基準を策定するものとする。
第7条 甲は一庫ダム建設事業の施行に伴い、耕地、山林等の残地が生じたときは、乙と協議し、その実情に応じて正当な補償を行なうものとする。
第8条 甲は一庫ダム建設事業の施行に伴い、水没する商工業者(直下流を含む)の営業損失については、その実態に即し適正な補償を行なうものとする。
第9条 甲は一庫ダム建設事業の施行に伴い、損失をうける漁業については漁業権者と十分協議し、正当な補償を行なうものとする。
第10条 甲は一庫ダム建設事業の施行に伴い、損失をうける鉱業については、鉱業権者と十分協議し、正当な補償を行なうものとする。
第11条 甲は水没者が代替宅地の購入について斡旋の希望を申し出たときは、誠意をもって斡旋の措置を講ずるものとし、宅地については移転先の選索に要する経費を補償するものとする。
第12条 甲は水没者が代替宅地の造成を希望する場合は、別途協議して可能な範囲においてこれに応ずるものとする。
第13条 甲は一庫ダム建設事業の施行に起因して生ずる被補償者の公租公課については、誠意をもって関係各機関と協議し、減免に努めるとともに、被補償者に対して税の啓蒙を行なうものとする。
第14条 甲は乙に対する損失補償金等の支払については、その所要手続き完了後、すみやかに行なうものとし、その方法などについては補償基準の妥結したとき当事者間で別途協議して定めるものとする。
第15条 甲がダム本体工事に着手しようとするときは、乙の同意書を得て行なうものとする。
2 甲は湛水池の補償事項が完了した後でなければ、湛水を開始しないものとする。
第16条 甲は一庫ダム建設事業の施行に伴い、必要となる道路の付替(橋梁を含む)その他の公共補償については、関係地元の要望の内容を十分調査検討し、関係機関とも協議のうえ、各公共施設の管理者ごとに別途協定するものとする。
第17条 甲の行なう諸調査及び測量によって蒙る各種の損失補償については、当事者の協議によって決定し、甲が補償するものとする。
2 前項の諸調査及び測量について必要な細目事項のすべては、別に覚書によるものとする。
第18条 甲は、甲の一庫ダム建設事業に従事するすべての者(請負業者を含む)の業務に関する行為について、紛争を生じたときは、ことごとく甲において責任をもって解決するものとする。
第19条 乙のダム対策に要する経費は甲が負担する。
 ただし、金額、手続等については、別途協議する。
第20条 甲は、甲の行なう調査及び測量又は工事の施行期間を通じ、関係地区全般(ダム直下流地帯を含む)の治安、風紀、公害等について細心の注意をはらい、地区民に不安を与えないよう措置するものとする。
第21条 甲は、一庫ダム建設事業の施行期間中は勿論、工事完了後においても災害防止に万全の措置を講ずるものとし、万一甲の事業に起因して被害が生じたときは、甲が責任をもって解決するものとする。
第22条 この協定並びに今後交換される各種の覚書等の内容の履行について、甲に違背する事項があったと立会人が認めたときは、乙はその事項が常態に復するまでこれに関連する行為を中断又は停止し、適切な措置を講ずるよう甲に要請することができるものとし、甲は誠実にこれにこたえるものとする。
第23条 本協定以外のことでダム建設に関係して派生した事項については、両者誠意をもって協議し、解決を図るものとする。
第24条 この協定書に署名押印した立会人は、当事者間に紛争などが生じたときは、その仲裁をするとともに、ダム建設事業の円滑な推進に協力するものとする。
2 前項の立会人は自己の意志又は当事者の要請により、当事者間の「協議、交渉」等に出席し、かつ発言することができるものとする。
本協定成立の証として、それぞれ署名押印し、甲、乙各1部を保有する。
昭和45年7月6日
甲   水資源開発公団一庫ダム建設所長  米田 太   印
乙   川西市一庫ダム対策委員会委員長  西村 九市  印
立会人 兵庫県知事            金井 元彦  印
    大阪府知事            佐藤 義詮  印
    近畿猪名川流域総合開発促進協議会長
    豊中市長             竹内 義治  印
    川西市一庫自治会長        森本 秋生  印
    国崎自治会長           小笠原 正雄 印
    黒川自治会長           北野 常吉  印
    笹部自治会長           中西 利雄  印
    川西市長             伊藤 龍太郎 印

 

[注06]

 川西市発行『川西市30年のあゆみ』(昭和59年)p94-95及び『広報かわにし』第436号(昭和54年11月1日号)p2-3、『広報かわにし』第509号(昭和57年5月1日号)p1を元に記述

[注07]

 『川西市30年のあゆみ』』p95及び水資源開発公団一庫ダム建設所発行『一庫ダム』(昭和57年)を元に記述

[注08]

 同上

[注09]

 『広報かわにし』第312号(昭和50年3月15日号)p1の掲載記事及び川西市教育委員会編集『国崎 – 一庫ダム水没地区民俗資料緊急調査報告書 – 』(昭和50年)を元に記述

[注10]

 『広報かわにし』第377号(昭和52年10月15日号)p1の掲載記事及び『国崎 – 一庫ダム水没地区民俗資料緊急調査報告書 – 』を元に記述

[注11]

 『広報かわにし』第364号(昭和52年4月1日号)p1及び第368号(昭和52年6月1日号)p3の掲載記事を元に記述

[注12]

 川西市ホームページから転載

[注13]

 『川西市30年のあゆみ』p95-96を元に記述

[注14]

 『広報かわにし』第550号(昭和58年10月1日号)p1及び第551号(臨時号。昭和58年10月8日号)p1-2の関連記事を元に記述。なお、第551号には一庫ダム管理所の見解が次のとおり掲載されている

➡「9月27日夜半からの雨に対し、警戒体制をとっておりました。翌28日午後1時ごろから、豪雨によるダムへの流入量が急激に増えたため、午後2時に放流サイレンを鳴らすとともに、広報車と猪名川各地点に設置されたスピーカーで午後2時半から毎秒200トンの放流をすることをお知らせし、注意を呼びかけました。そしてダムへの流入水が毎秒200トンになるまでは流入水とほぼ等しい量を放流しました。

毎秒200トンになった時点で下流の増水を軽減するため、定められた規則に基づき、200トンを超えた水量分の6割をダムに貯水し、200トンに残りの4割分を加えたものを放流したのです。(中略)午後5時を例にとると流入量は404トンで放流量は285トンです。

ダムへの流入水をすべて貯水すればこんな被害がでなかったのでは、という声も出ていますが、そのまま貯水し続けた後に大雨が降るとダム本体が危険となり、一度に大量の水を放流しなければならないことになります。この結果、下流にもっと大きな被害が発生することは言うまでもありません。

公団としましては、ダム操作の実情は以上の通りです。このたびの出水は、一庫ダム完成直後の出水であり、ダム操作の警報について住民の皆さんに種々誤解を招く不十分な点があったと存じますが、これを契機として今後警報について改善を図っていきたいと存じます」

[注15]

 『川西市30年のあゆみ』p96及び県立一庫公園ホームページを元に記述。同公園は。知明湖の北側の知明山に48.2haの広大な面積を誇る。1998年(平成10年)7月に開園

[注16]

 『広報かわにし』第510号(昭和57年5月15日号)p4及び第556号(昭和58年12月1日号)p1の掲載記事を元に記述。なお、現在は「川西一庫ダム周遊里山ファンラン」という名称で、同じく実行委員会形式で開催している

[注17]

 『広報かわにし』第601号(昭和60年7月1日号)p1の掲載記事及び川西市発行『川西創生記50 川西市制施行50周年記念誌』(2004年)p18を元に記述

[注18]

 年表1982年(昭和57年)掲載写真

[注19]

 年表1985年(昭和60年)掲載写真