1975年(昭和50年)前後の川西市の水道事業は、市域の南部(旧川西町地区)と北部(旧多田村・東谷村地区)の2つの市営水道と複数の大規模住宅開発の事業者が創設し運営する民営水道があった。2つの市営水道のうち北部の市営水道の料金は、民営水道の料金を参考としていたため、南部と北部の水道料金には格差があった[注01]。
また、急激な都市化と人口増加により水需要が急増し、水源確保と施設の拡張が最大かつ緊急の課題となった。
(1)水道の整備
1975年(昭和50年)前後の川西市の水道事業は、市域の南部(旧川西町地区)と北部(旧多田村・東谷村地区)の2つの市営水道と複数の大規模住宅開発の事業者が創設し運営する民営水道があった。2つの市営水道のうち北部の市営水道の料金は、民営水道の料金を参考としていたため、南部と北部の水道料金には格差があった[注01]。
また、急激な都市化と人口増加により水需要が急増し、水源確保と施設の拡張が最大かつ緊急の課題となった。