◆火打前処理場の整備

 火打1丁目には、地場産業である皮革のなめし工場が最大で約100社あり、工場から排出される皮革汚水の処理が課題だった。1969年(昭和44年)4月、火打前処理場が完成し、1975年(昭和50年)6月には、猪名川流域下水道への放流が認められ、豊中市の原田処理場で処理が行われるようになり、最明寺川や猪名川の水質の改善に大きく寄与することとなった[注18]。