【Gブロック】

○川西能勢口駅東地区(G-Ⅰ地区)第一種市街地再開発事業[注38]

 この地区は、川西能勢口駅の東南徒歩約3分という利便性の高い地区だった。1958年(昭和33年)に開発された「中央市場」は、隣接する商店街と一体となって、川西市の中心的な商業施設として繁栄してきた。

 しかし、昭和40年代には、大型量販店の進出に伴い商業集積の再編が行われ、また、連続立体交差事業による駅舎移転をはじめ、ライフスタイルの変化、モータリゼーションの発達などによって、売り上げが落ち込んでいく。さらに、築造40年近くになる密集した木造家屋の老朽化が進み、転出者も相次いだことから空き家が目立つ状況になった。

 特に、駅舎移転では、1979年(昭和54年)に地元商工会などが市に対して13項目の要望書を提出。伊藤市長名で回答を行うという事態にまで発展した。

 このような状況の中、昭和50年代なかばから再開発の機運が盛り上がり、1986年(昭和61年)12月には、川西能勢口駅東地区市街地再開発準備組合が結成された。しかし、折からのバブル経済という嵐の中、不動産業者の介入が激化し、1989年(平成元年)には組合解散を余儀なくされたが、バブル経済崩壊後には、再度準備組合が対象地区を限定して再結成された。そして、1994年(平成6年)1月、小規模連鎖型の再開発事業として、第一種市街地再開発組合が設立され、ひとまず事業の再構築ができた。