(3)市のコミュニティ推進体制

◆コミュニティ推進担当部署[注22]

 コミュニティ政策の開始時点では市長公室広聴課が所管だったが、1981年(昭和56年)4月の組織改正により、広聴課の名称が自治振興課に変更された。1986年(昭和61年)11月には、コミュニティ組織の育成に関しては教育委員会の中央公民館で担当し、啓発と組織づくりは市長公室自治振興課で担当することになった。当時の担当者は、「最初の組織づくりから関わっていたのに、協議会が設立したら担当が変わるとなれば、地元との信頼関係が一からになってしまう。設立まで関わってきた職員は、洗い出した地域課題にコミュニティ組織が上手く取り組んでいけるかどうか心残りであったし、引き継いだ中央公民館も細かい事情が分からない中でのコミュニティ組織の育成はやり辛かったと思う」と述懐している。

 その後、1989年(平成元年)4月の組織改正により、自治振興課が地域振興課になったときに、コミュニティ組織の育成についても地域振興課が一体的に担うことになった。1991年(平成3年)4月には、広聴部門は広報課と合併し、コミュニティ推進部門は独立して、市長室コミュニティ推進担当となる。育成部分を教育委員会中央公民館が担当していた期間に、各公民館の一番大きな部屋が「コミュニティセンター」として位置付けられたので、コミュニティ推進担当が各コミュニティセンターの運営を担うことになった。さらに、各公民館の一番小さい部屋は、「コミュニティ室」として、コミュニティ推進協議会の実務拠点としての活用を図っていった。

◆コミュニティ行政推進委員会[注23]

 庁内組織としての設置規程は1981年(昭和56年)に公布されていたが、本格的に動き始めたのは、1984年(昭和59年)からだった。多田・川西北・多田東の各小学校区にコミュニティ推進協議会の組織が誕生して活動が始まったからである。各種補助金の調整と地域活動区域の調整という2つの課題を解決するため、「地域活動関係補助金等検討部会」と「地域活動エリア調整部会」が設けられた。両部会とも関係課長が構成員だった。

 補助金関係は、コミュニティ推進協議会が設立された校区では、教育委員会が所管する体育振興会補助金、地域文化振興事業補助金とともに「コミュニティ組織活動補助金」(年間10万円)に統合された。体育振興会は協議会の体育部会に移行していった。

 エリア調整関係では、体育、文化、環境、福祉、安全の5つの分野があり、それぞれ体育振興会、環境衛生推進協議会、地区福祉委員会、防犯協会との調整をしていくことになった。文化はその都度実行委員会形式で取り組まれていたため、補助金だけでエリア調整はなかった。防犯協会は、支部のエリアを警察と協議し「小学校区にできないのか」と要望したが、「派出所ごとになっているので難しい」ということで手つかずとなった[注24]。

◆コミュニティ活動設備等整備事業助成金[注25]

 1984年(昭和59年)、既に発足していたコミュニティ推進協議会から、「自主自立での活動には、組織活動の支援だけでなく各種の会議開催時の資料作成のための事務機器や印刷機器を整備する支援が欠かせない」との声があがっていたので、10月に「川西市コミュニティ活動設備等整備事業助成金交付要綱」を制定した。自治省宝くじコミュニティ補助の申請窓口である兵庫県に市の取り組みを説明したところ、「補助趣旨に合っています」「これからは、可能な限り当該補助枠を川西市に充てるよう支援しましょう」との評価をしてもらえたので、この助成を受けられることを前提にして、県から市が受けるための受け皿として交付要綱を設けた。多田小学校区に続いて、牧の台小学校区も、平成2年度~4年度の期間、自治省の「コミュニティ活性化地区」(都市型)の指定を受けたので、県においても継続して川西市に補助金枠を割り当てた。

 補助の限度額は200万円で、年度ごとに各協議会に設立順に申請してもらうこととした。補助金がつかない年度があれば、その年度に該当する協議会は、翌年度に再度申請してもらうという方法をとった。

◆コミュニティセンターの設置及び管理に関する条例[注26]

 他市のコミュニティに関する事例では、コミュニティセンターを整備してセンターの運営を地域住民が担う手法をとるものや、地域に生じている問題解決に向けた住民の取り組みを契機にするものがほとんどだった。川西市では、地域の持つ資源を活用して、さまざまな活動を生み出せる地域体制を整え、その中で自治会や団体が連携をし、リーダーの発掘もめざしていたので、活動拠点に関しては、公民館や自治会館などの既存施設の活用を想定していた。したがって、コミュニティセンターといったような「箱モノ」の整備は想定していなかった。

 しかし、多田東小学校区では、県営住宅開発の際に、兵庫県がコミュニティセンター「多田東会館」を整備した。日々の施設運営で多田東小学校区コミュニティ推進協議会に負担が生じないよう、老人憩の家と併設という形態であった。この会館ができる直前の1987年(昭和62年)4月に「川西市コミュニティセンターの設置及び管理に関する条例」が施行された。コミュニティセンターの新設に係る諸整理は当時のコミュニティ組織の育成担当であった教育委員会によって進められた。なお、牧の台小学校区では、以前から公民館整備を求める強い要望があったが、東谷公民館整備位置との関係でかなわず、その代替施設としてコミュニティセンター単独館として「牧の台会館」を整備し、牧の台小学校区コミュニティ推進協議会に管理運営を担ってもらうこととなった。また、加茂小学校区では、加茂・加茂西小学校の統合に伴う旧加茂小学校の跡地利用の一環で、コミュニティセンター「加茂ふれあい会館」が整備された。