(1)農林業

 1955年(昭和30年)から始まった高度経済成長と、それに伴う急激な都市化の進展によって、全国的に農業人口、耕地面積などは著しく減少していく。川西市も例外ではなく、下記のとおり、どの統計数値も半減していく[注01]。

表11-01 農業にかかる統計の推移
農家数
(戸)
農家就業人口
(人)
経営耕地面積(ha)
1960年 (昭和35年) 1,161 6,446 530
(田422畑50樹園地57)
1965年 (昭和40年) 1,010 5,522 450
(田349畑37樹園地64)
1970年 (昭和45年) 925 4,768 400
(田290畑31樹園地79)
1975年 (昭和50年) 830 4,131 335
(田230畑30樹園地75)
1980年 (昭和55年) 743 3,687 295
(田183畑21樹園地91)
1985年 (昭和60年) 721 3,486 272
(田177畑22樹園地73)
1990年 (平成2年) 620 2,944 265
(田175畑21樹園地69)

 

 その中でも、川西市では、都市近郊農業としての立地条件には恵まれており、トマト、きゅうり、なすなどの生鮮野菜やいちじく・もも・いちごなどの果実を京阪神の大都市へと供給している[注02]。

 特に、いちじくは、昭和初期からの特産品で、1993年(平成5年)には、「特産のいちじくでまちおこしを」と、川西市と川西市農業協同組合(現JA兵庫六甲)が共同で開発研究協議会を発足し、「いちじくワイン」の開発を行った。ワインの味・種類は、女性に好まれる「やや甘口」、いちじくを搾汁したそのままのこはく色を帯びた「白ワイン」に仕上げられた。翌1994年(平成6年)に、このいちじく100%のワイン名称を公募し、「川西の朝露」と名付けられた[注03]。


【写真11-01】熟したいちじく[注04]


【写真11-02】いちじくワイン[注05]

 また、黒川の里山ゆかりの「一庫炭(菊炭)」は、茶席などで使用する高級炭として全国的に知られている川西市の特産品である。黒川地区は、炭の原材料となる良質のクヌギが入手しやすいことから、室町時代頃から炭焼きが行われるようになった。昭和30年代以降、電気やガスが普及して次第に衰退し、さらに北部の宅地開発などに伴い、原材料も入手しにくくなり、最盛期には約40軒あった炭焼き農家のうち、今では1軒の農家が伝統技術を守り続けている。焼き上がった炭の断面が菊割れ(菊の花びらのように見える)することから「菊炭」と呼称される。火付きと火持ちがよく、また立ち消えしにくい、煙が立たず静かに燃えるのが特徴。この特性によって、茶席などの高級炭として重用され、京阪神の問屋を通じて全国に出荷されている[注06]。


【写真11-03】一庫炭(菊炭)[注07]