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化していく。近年では、マントル対流の沈みこむところが、地向斜の形成にあずかるといわれてきている。
二、浅い海底時代-新第三紀-
大陸日本が、大陸からひきはなされて、いくつかの島弧からなる、弧状列島としての性格をもつことになる最
初の変動は、今からおよそ二六〇〇万年前、すなわち、新生代新第三紀・中新世とよばれる時代の初頭である。
この時代は、アジア大陸の東縁に、たびかさなる断層運動が、はげしくおこっていた時代である。大規模な断層
連動のきずあとは「構造線」とよばれていて、とくに、その影響が地殻の底におよぶものは、「深部裂〓」といわ
れ、地殻のさらに深部にあたる、上部マントル(一〇〇~七〇〇キロ)に原因があってのうごきである
新第三紀の初頭にできた深部裂〓は、北から、千島弧・本州弧・琉球弧・伊豆七島-マリアナ弧、などとよば
れるような弧状をしていて、その形は、現在の日本列島のそれとまったく一致している。この裂隙をさかいに
現在の本州では、中央脊梁山脈の内帯(日本海側)、北海道では、中央脊梁山脈の西側が陥没していった。このよ
うな断層運動に関連して、ここには、日本海の原始形態がうまれていった。また、伊豆七島-マリアナ弧の断層
は、本州を東北日本区と西南日本区に二分する「フォッサマグナ(大地溝帯)」の陥没をひきおこした。こうして
この大陸は、その縁辺部において、断層裂隙によって寸断され、陥没・沈降し、日本海へ、東シナ海へと海の進
入をみることになる。
本州では、糸魚川-静岡構造線を西端にして、東北日本の沈降はいちじるしくなる。北上・阿武隈の山地とそ
の他一部を除いては、東からの海進をみ、ここへ数千メートル(三〇〇〇~五〇〇〇メートル)にも達する土砂が