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大陸の一部を形成するようになる。それは二億年ほど前、古生代の海に堆積準備された地層が、やがて造山運動

により造山帯となって大陸につらなった結果であった。このとき以来、すなわち古生代末期、ないしは、中生代

初期から新生代・古第三紀にかけて、この地域は、アジア大陸の縁辺部として、ほぼ静穏に一億数千万年という

長い大陸時代をおくることになる。そして、新第三紀・中新世にいたって、この古生界の地域はさらに沈降して

海域となり、海底火山活動と並行して、堆積がおこなわれたと考えられる。

そのさいの、この地域の初期の堆積層である安久谷川層中にふくまれる、古生層起源の礫岩などから、この海

にその礫岩を供給した陸地は、比較的近接地域にあったか、あるいは、前節でのべたような、内陸性の湖であっ

たろうと推定されている。

ともあれ、沈降をつづける海は、海域を拡げ深さを増し、しだいに地向斜的堆積盆地へと変遷していった。

このようにして、門前階の海はこの地域に安久谷川層をのこしたが、海域が狭小であったのか、あるいは他の

理由からか、いまのところ大湯東方・安久谷川上流域の標式地をのぞいてはこの地層はみあたらない。

空黒沢階の海は、さらに海域をひろげ、この地域に千数百メートルにもおよぶ厚い堆積層をつくっていった。

下部(前期)は瀬の沢層、上部(後期)は大葛層である。瀬の沢層は、その地層中に暖海性の化石や貝化石をふ

くんでいて、標式地は東方山地・瀬の沢川の中・上流一帯である。この層は盆地内の試錐でも確認されており

また、花輪断層(盆地中央部では、神田-下モ平を結ぶ南北方向)西側では、尾去沢鉱山坑内にも分布している。

大葛層は、尾去沢鉱山を中心とする山塊に分布し、花輪断層の東側では、大湯川流域(土が久保-根市戸間)