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秋田から新潟地域にかけての新第三紀は、断裂にともなう陥没・沈降・地向斜性堆積・火成活動、そして隆起・
しゅう曲等、地の底の摂理による激烈な地殻変動によってあけくれたが、陸域となったのち第四紀にいたっても
その変動の余韻はおさまらず、あらたな火山活動(新期火山活動)をともなって今日にいたっている。その新し
い一つの火山裂隙である、いわゆる那須火山帯に属する八幡平火山群もその典型例であって、その火山活動は、
新第三紀・鮮新世(七〇〇~二〇〇万年前)末期から、第四紀・更新世(二〇〇~一万年前)にかけておこなわ
れたと推定されている。
奥羽脊梁山脈は、あの西黒沢階-船川階の海の底からもりあがり、玉川街道などでみた貝化石をやどしたまま
山脈を形成していった。そして八幡平火山群は、その海成層のうえに、一そうの多彩さを加えるべく、さながら、
アコレーションケーキにみるクリーム・チョコレート・チーズ粉末などのように、溶岩・火山砕屑物・火山灰等
々、多層の衣をまとっている。
八幡平火山群は、標高一六一四メートルのいわゆる八幡平を中心に、東に岩手山(二〇四二メートル)、西に秋
田焼山(一三六六メートル)、南に秋田駒カ岳(一六三七メートル)の活火山で代表される火山地域であり、多くの
火山とそれにともなう噴気地帯や、温泉が数多く知られている
東端に位置する岩手山は、標式的なコニーデ(成層火山)で、古来、南部片富士ともよばれ、普通輝石・紫蘇
輝石をふくむ安山岩質の溶岩と、同質の砕屑物とから構成されている。この地区で、さらにコニーデ型火山とし
てとりあげられる火山群のうち、おもなものとしては、北西端に位置する焼山、北東端にある前森山、南端の駒