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当時、鹿角はダケカンバやモミノキ、トウヒなどの寒冷な植物の繁る丘陵地帯であった。ある日のこと、フ
の地に、ドカーンという鈍い音がして、数時間ののち暗く曇った空から粉雪のように火山灰が降ってきた。
そして一日中降り続け、あたり一面雪が積ったように真白になった。火山灰のため、ほこりがたちこめ、生
きとし生けるものは息をひそめて太陽の光を待ち続けていたが、やがて大粒の雨が降ってきて、ほこりを洗
い落し、静寂がつかの間もどってきた。数日が経過した。突然、東方から大音響とともに、夜空をこがす真
赤な炎があたりを突きさいた。しばらくして煙に包まれた灼熱の火砕流が一気におしよせ、あっという間に
草や木やすべての生物をのみつくしてしまった。つい先頃まで静かであった谷や森や湖は、草木の焼けこげ
る煙とともに死の世界と化した。流路を埋められた川は、あちこちで沼や湖をつくったが、やがて数年後に
その水はあふれて新しい台地の表面を削り、あるいは埋めながらさまよった。そのころから、付近一帯はし
だいに沈降し再び水辺の低地となった。やがてまた緑の植物がよみがえった
こうして、しばらくは静かな時代が続いたが、再び十和田火山の活動がはじまった。およそ九〇〇〇年前であ
る。活動の中心は中の海の中心付近で、玄武岩・安山岩・溶岩・スコリアなどを噴出した。今の中山半島から御
倉半島にかけての中央火口丘の誕生である。この活動は比較的おだやかな噴火と溶岩を流し出す活動であったが、
約八六〇〇年前に突然、巨大噴火がおこった。大量の安山岩質の軽石の噴出である。この軽石は南部軽石とよばれ
太平洋側に達するほどの激しさであった。この噴火の直後に火口丘が陥没し、中の海カルデラが生じた。
このあと小噴火が散発的にひき続いて起ったが、約四〇〇〇年前の大噴火が起るまでは、十和田火山は小休止