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以上が大正七年入植当時のオオヤマザクラの記録であるが、その後このオオヤマザクラが絶やされることなく

この地域に多く残存して毎年美しい開花がみられることについては、大清水部落住民のこの桜に対する深い愛情

と、十和田営林署や旧十和田町関係者の大きな理解と協力があったことによるものであることを付記しておく。

昭和五十七年五月十二日に実施した大清水地域オオヤマザクラ現況調査によると、現在大清水のオオヤマザク

ラの生育している区域は、ほとんど国道一〇四号線に沿った両側山腹の視界範囲内に限られており、その本数(開

花成木)は、大清水の入口、大渉付近から青森県境まで約四キロメートルの間に一〇八一本をかぞえている。樹

の大きさについては、諏訪富多氏の開墾記に記されているような巨樹はみられないものの、胸高周囲四〇~五〇

センチから一五〇センチくらいのものがほとんどで、中には一六〇~一七〇センチに達するものもみられる。こ

れらの点から、現在の開花成木の樹令は三〇年から五〇年程度のものが多いと推定される

また、樹の近くに寄って樹幹をみていくと、一株の根元から数本の幹が分かれて生長をとげている樹がかなり

多いことに気づく。これは昭和四〇年前後まで続いた木炭生産の用材として伐採された株からの萠芽、いわゆる

「ひこばえ」の生長再生したものと考えられ、その姿に生命力のたくましさを強く感じさせられる。

なお、この一帯には二〇~三〇センチから一メートルくらいのオオヤマザクラの稚樹も多くみられることから、

これらの稚樹が順調に生育をとげるならばさらに樹の数もふえるとともに、その景観を長く維持してゆくことが

出来ると考えられる。しかし現在、この周辺一帯は広葉樹が次第に姿を消し、代って年々スギなどの針葉樹の植

林が進められている状況から、今後これらの稚樹も成木として育ちがたいのではないかと思われる。したがって