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出に限られている。秋田県におけるニホンザルの分布は、隣接県とくらべると生息地も生息数も少なく、調査結
果によると、その中で最も多く分布している地域は青森県境の白神山系(真瀬・小岳・田代岳)であるという。
鹿角地方では現在生息していないとされているが、分布図によると、八幡平の一部がわずかながら生息域とな
っている。しかし、鹿角地方にもむかしは十和田湖周辺の山地などに群れをなして生息していたらしく、それは
菅江真澄の紀行文『十曲湖』などによってもうかがわれるし、また、斎藤長八氏が大湯白沢の木村金吾さん(昭
和五十一年没・当時九〇才)より採録した次の談話によっても、それが確かであることが察せられる。
白沢のマタギは明治の中頃まで十和田に猿を獲りに行った。猿は多いときは七〇匹ぐらいもいた。猿は集団をなし
ており警戒心が厳しく、獲り難いものであった。猿狩りは追う人と射つ人と二手に分れ、射ち方は猿の通路を知ってい
て、岩や木などにかくれていて追手が追い出して逃げようとするところを射った。
碑のうちで独り猿(離れ猿)というのがいてその猿は群れに入ることが出来ず、時々人里まで来ていたずらしたも
のであった。或る時一匹の大きな独り猿が、扇平の八幡様の杉の木に居たのを見つけて大騒ぎしたこともあった。
猿の肉はとても美味で、例えようもないほど美味なものだ。また猿の頭の黒焼は妙薬として珍重したもので、最近
まで大事に保存してあったが、火災のため焼けてしまった。」(木村金吾氏談話・昭和四十七年十二月七日採話・斎藤
長八「鹿角のマタギ」『上津野』二号鹿角市文化財保護協会
この談話には、当時のマタギと猿についての追想が生き生きと語られており信憑性の高いものと考えられる。
こうした古老の談話からも、明治の中頃までは鹿角の北部山地にもニホンザルが多く生息していたことは確実で、
その後近年になって急速に絶滅が進行したものと考えられる。