テキストを表示

二、住居と集落

数千年の長期にわたる縄文時代の生活基盤は、狩猟・漁撈・採集であった。そのため、縄文人は動植物の捕獲・

採集に適した場所に居住する必要があった。

先土器時代以来の洞穴住居や簡単な小屋掛程度の住居をへて、縄文時代早期末には、竪穴住居を作って住むよう

になった。しかしまだ住居内に炉を設けた住居をつくるまでには至らず、キャンプ・サイト的なものであった。

前期中葉には、住居内中央部での火の使用の痕跡がみられ、前〓後葉には自然石を円形または方形に配した石囲

炉が住居ほぼ中央に作られるようになる。

早期及び前期の竪穴住居跡の形状は、関東地方では方形であるが、東北地方北部(円筒土器文化圏)では円ま

たは楕円形が一般的である。この点について、村越潔氏は当時の気候が今日とほぼ同じであることから、「北海

道、東北地方北部のような、寒冷地であり多雪地帯では関東地方の早期に一般的な方形プランの住居構造を模倣

しても、建築技術が未熟なためと構造上の理由も加わって、自然の猛威に耐えられなかったのかも知れない」(『円

筒土器文化』)と述べている。すなわち、切妻状の上屋構造となる方形プランより、円錐状となる円形プランの方

が、きびしい冬期の自然環境下の円筒土器文化圏地域においては適していたと考えられるのである。また前期末

には炉跡の大形化もみられ、住居の構築場所も比較的平坦地が選ばれるようになる。

中期になると、住居の規模及び構造上でも進歩がみられ、集落も大きくなる傾向にある。またこの期の遺跡か