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鹿角市内では八幡平の北の林〓遺跡から一六基のTピットが二基一対となるような配置で検出され、注目され

る。他に猿ケ平〓遺跡、大湯環状列石周辺、高市向館跡等で発見されている

四、食生活

縄文人の食糧のうち動物食については、貝塚などから出土する貝殻・鳥獣骨・魚骨などによって、かなり解明

されている。これら狩猟によって得られた動物は、石匙や石箆などの道具で解体・調理される。動物の皮は毛皮

として衣服になり、肉は食用となり、骨・角は装身具やつりばりなどの骨角哭

として利用される場合もあった。また貝類のうち二枚貝の貝殻は貝輪として用

いられた。このように縄文人は自然の恩恵としての獲物を、あるいは苦労して

手に入れた獲物を最大限に活用している。

觧体された肉は生で食べることもあったろうが、主に直接火にかけて焼いた

り、深鉢でゆでたりして食べたと考えられる。

縄文時代後期以降、土器の形態の分化がみられ、深鉢のほかに、浅鉢・壺

片口土器・注口土器など種々の形のものが作られるようになる。これらのこと

からも、後期以降、食生活は大きく進歩したものと考えられる。

石匙、石ベラ類(収蔵庫蔵

食生活の進歩の一つに、植物の食用化が上げられる。縄文時代の革命的発明