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般的な説が、呪物説と地母神信仰説である。
呪物説は、多くの土偶が破損・欠損して出土する点に注目した説で、負傷した場合に、土偶の負傷個所にあた
る部分を破損することにより、土偶に身がわりになってもらい、負傷の回復を願ったという説である。
また地母神信仰説は、土偶のほとんどが女性像である点に注目した説で、女性の最も機能的な出産に対する意
識から、生殖・繁栄を願う意味において、女性の特徴を誇示する形ができあがったのではないかという考えであ
る。多く土偶が乳部を激しく突出し、腹部を肥満せしめ、なかには陰部を表現しているものもあることから、う
なづける説である。
土偶には土器ほどではないにしても、地域や時期による形態やモチーフ等の差異がみられる。以下、東北地方
北部の土偶について記述する。
前期の土偶は板状で、頭部と幅のある手はついているが、足はなく不安定である。乳房やヘソあるいは陰部を
表わしたと思われる突起がつけられている。この期の土偶は、八戸市是川一王寺遺跡・青森市三内・青森県森田
村石神遺跡・小坂町内ノ岱遺跡などで出土しているものが代表的なものである。
土偶は中期には一般化してくる。板状で、頭部と横に広げた手という前期の形状を残すが、はっきりと顔を表
現し、また土偶に撚糸文など、円筒上層式土器に施された文様と同じ文様が施されている。また大形化し、二〇
センチメートル以上のものも作られるようになる。さらにこの時期には板状土偶の他に足の表現はないが、底部
を厚くして立てて置くことができるものや、頭や胸の部分に小さな孔をあけ、懸垂できるようなものも作られる