テキストを表示

わずか六〇センチメートル程の幅で残された畦畔部分からでは判断できない。土器は縄文時代後期のものである。

第二十二号土拡の花粉分析の結果については、次の報告がある。

「古環境について考えると、次のようなことが言えよう。クリ属ークリカシ属?(おそらくクリ属)を優占とし、ト

チノキ属・ケヤキ属・モクレン科・ウコギ科・スギ属等から成る林地の存在が推定される。イネ科・カヤツリグサ科・

ヨモギ属・タンポポ亜科・アリノトウグサ属・キク亜科・アブラナ科等の草本とシダ類はおそらく林地の下草として、

生育していたものと言えよう。食用植物としてはクリ属-クリカシ属?・トチノキ属の花粉が検出されている(パリノ・

サーヴェイ株式会社)」これは、当時の植生の一部と、食用植物としてクリ・トチの実などを常用したことを推察させる。

〓飛鳥平遺跡

(縦貫道遺跡〓8)

(所在地〉鹿角市八幡平字飛鳥平十四番地

〓〈遺跡の概況>米代川の中位段丘上に位置し、遺跡も豊富である。北の林〓、鳥居平遺跡とは沢により区切ら

れている。

〈遺構と遺物〉

平安時代との複合遺跡である。縄文時代の検出された遺構は竪穴住居跡五棟(中期以前一、中期末二、後期末

一)、埋設土器二基、土拡二三基などである。

●第三十七号竪穴住居跡(第〓図)