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構築され、住居跡が検出されないことは、住居との関連について興味あ
る問題である。
なお妻ノ神〓遺跡(縦貫道遺跡〓〓)でも土拡が二二基検出されてい
る。このうち袋状土拡(いわゆるフラスコピット)は六基で、いずれも
台地縁辺部に構築されている。一つの土拡からは晩期の台付土器、深鉢
形土器などが出土した。その他の土拡からは、ほとんど遺物の出土はな
い。
(阿部義平『考古学雑誌』』〓-1・一九五八)
〈所在地〉鹿角市八幡平玉内
(遺跡概況〉米代川東岸の台地にくい込む支谷の北側の棚状をなした中
段にある。棚状部分は広いところで巾一〇メートルに満たず、長さは四、
五〇メートルである。この棚状部分の西端近くに位置する。支谷の向い側
は縄文時代前期の清水向遺跡があり、台地下からは大洞C式の土器が採
集されている。この立地上から配石遺構の群在は考えられない。大湯環
状列石からは南方に一一キロ離れている。
第44図配石遺構実測図