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神代文化研究所主事小寺小次郎氏の報告、及び大湯郷土研究会高木新助氏の『中通り遺跡発掘日誌』により、

その大略を記したい。

〓第一次発掘調査(七月二十三日~八月五日)

場所-大湯町中通り字野中堂・字万座

発掘面積-約一千坪

出土物及石材築造物-一、土器二、金鉱石、砥石、玉石三、炭四、朱五、木の化石六、焼麦七、石斧・矢

の根石八、土偶

石造構造物-石材築造物と思推すべき露出石材数は、総計約一一四六個(現在露出石数)、方位石九個・菊形石

六九個・船形石一個・大円輪の石材八〇五個・渦巻形露出石その他二六〇個が出土及び検出された遺構であった。

高木氏の日記によると、発掘調査初日に、野中堂遺跡の環状列石北側で、地表二尺五寸下に深さ五尺内外、径

四尺に近いカメ型の穴に掘り当たったが、「全く墓なりと断ずべし」と田多井会長は云ったとある。また八月五

日の東京日日新聞秋田版は「深さ七尺直径四尺の竪穴を発掘したところ、穴の底はセトモノを焼く粘土が塗られ

穴の周囲には朱が点々とまじっている」と土拡が検出された様子を伝えている。

〓第二次発掘調査(九月十五日~十月八日