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発掘場所・面積-万座遺跡を中心に約一千坪
第二次調査には、考古学者である吉田富夫氏が参加されていた。これは大湯環状列石にとってはまことに幸い
であったといえる。吉田氏の報告書「環状列石遺蹟の標式的型式を具備」によると、万座遺跡では現在の外帯(と
思われる…筆者)の環状列石を中心に発掘し、列石外の西方及び北方に二カ所の試掘トレンチを設け、直線状の
列石を発掘した。野中堂遺跡については、前回出土の環状列石の周辺と、列石外の南方及び西方に三カ所のトレ
ンチを設定した。調査の概況については、一、万座環状列石二、万座直線状列石三、万座窖状土拡四、野
中堂環状列石周辺発掘整理の結果五、野中堂試掘坑六、遺物に分けて記述している。万座遺跡では外帯の北
方約八間(約二四メートル)の付近に、ほぼ東西に巾三尺(約一メートル)以上の直線状の列石があること、空
状土拡については「地盤の中に径四尺内外、深さ五尺以上の幾分中膨みの円い筈状のもので、拡が横にひろがる
こともあり」と説明している。一方、野中堂遺跡では、石組を数カ所に発見したが、その性質は全く万座のもの
と同様であるとし、遺物の出土は、火山灰層下の黒色土層中に限られるが、特に列石基底面よりも下方に遺物の
豊富な出土を見ると述べている。
また、郷土研究会会長であった諏訪氏の日記には「竪穴(土拡か…筆者)はカメ型のもので、直径は約十尺(約
三・三メートル)以上あり、拡内より壺類・石器が多数出土、他に朱及びくるみの炭化したものが出土し」その
形状はいわゆるフラスコ状を呈している。その他、数カ所に浅く掘られた竪穴(土拡)が検出されたが、特に遺
物の出土量の多いことに注目している。