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されている万座遺跡でも、組石遺構は五〇カ所以上は出ない。これは破壊されたあとであり、当初は二〇〇カ所

以上の数にのぼると考えられる。

〈万座遺跡日時計式組石〉

直径二・九メートル。円形平面形の中央に高さ四〇センチメートル(地上部)の一本の柱状立石が立つ。立石

から八方に横長石を放射状に配し、その外縁に横立石を連ねて円形輪廓を作っている。

〈野中堂遺跡日時計式組石)

直径二・〇五メートル。中央に高さ八一センチメートルの立石を置き、これを中心に放射状に横長石を置く。

横長石のうち、四方に放射されている四筋のものには、横立石を用い、明らかに他の横長石と趣を異にしている。

周縁のほぼ南北及び東西の四至に、地上に出ている部分の少ない柱状石を置いている。

《組石遺構下の調査)

組石遺構下の発掘調査は、万座遺跡で九カ所、野中堂遺跡で五カ所の合計一四カ所であった。その目的は、組

石遺構が何の目的で作られたのかを究明するものであった。住居遺跡でもなく、また城塞でもなく、結局祭祀潰

跡か墳墓遺跡のいずれかであろうと考えられた。

調査の結果次のような結論が得られた。

一、組石遺構下には、屈葬の遺骸を葬ることのできる土拡がある。しかし、遺骸を葬ったと考えられる積極的証

拠を確認できなかった。