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第二章原始の鹿角

万座12号組石(右)と組石下の土拡

五十一年度調査による報告書(富樫泰時)からまとめてみたい。

四年間に調査した範囲は約三〇万平方メートルである。調査の結果

特別史跡大湯環状列石が直接、間接的に関係のあった範囲は、第〓図に

あるように、遺跡の南から約一八〇メートル、北から約三〇〇メートル

桂の範囲になろう。これらの範囲の中には、縄文時代早期から平安時代

までの人達の生活の場があった。配石遺構は、大湯浮石層(平安時代後

半に降下)の直下にあり、古代にはその大半は地上に出ていた可能性が

ある。すなわち、平安時代中頃の人達は、実際に配石遺構を目にしたこ

とになる。

最終的に確認された調査の成果は

、野中堂遺跡の北東約三〇〇メートルの地点に、直径六〇メートルの

環状列石がある。

二、万座遺跡の北方にも数カ所の組石遺構がある。

三、これらも縄文時代後期前半のものである。

四、これらの環状列石も、いくつかの配石遺構及び組石群によって構成

されている。