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時代の遺跡も確認され、同地からの出土品も増加しているし、また昭和五十四年から五十六年にかけての東北縦

貫自動車道建設にともなう発掘調査において、鹿角市内から土器片が出土していることから、今後、これらの資

料にもとづいた研究がなされるものと思われる。

第二、弥生時代(続縄文時代)の遺跡

鹿角市内における弥生時代の単一な遺跡は発見されておらず、複合遺跡がほとんどである。

以下、市教育委員会調査資料および東北縦貫自動車道発掘調査報告書にもとづき、遺跡ならびに出土した土器

について記述を進める。

1、湯瀬館遺跡

湯瀬館遺跡は湯瀬駅の北西四〇〇メートル、標高二四

五メートル前後、かつて湯瀬小学校のあった台地と、そ

の西方の通称「館コ」と呼ばれる台地を中心とする一帯

で、小字名を古館といい「鹿角四十二館」の一つと称さ

れている。縄文時代↓歴史時代にまたがり弥生時代の土

器片が九点出土している。おもに撚糸文の文様が施され

第51図湯瀬館遺跡出土土器

ている。