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4、小玉三〇個(ガラス製)るり色

5、刀装具四個青銅製〓目責金具寵鞘尻各一個

※刀身残片穂先部一個

6、鉄鏃一括一〇~一二・五センチメートル

7、木炭破片一括大で四センチメートル

※陶器および土器片一括

となっている。これらは、大正二年四月十二日、佐藤定吉氏が寄

贈したもので、発見は明治四十四年四月から大正元年九月と記され

ている。

これらの外に、鹿角市冠田在住の割石三郎氏は昭和二十六年五月、

この地点より四、五メートルほど北方から六〇個ほどの玉類を発貝

している。

枯草坂遺跡のある台地からさらに五メートルほど高い北側の台地

を泉森と呼ぶが、枯草坂遺跡から北方約二〇〇メートルほどの地占

で池田菊治氏により昭和五年に刀の残片が発見されている。この地は

また、猿賀神社に祀られている田道将軍の伝説の地でもある。これ