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らの事実を総合してみると、曲谷地近辺には三ヵ所ほどの古墳があったことが推定される。現地確認してみると、
一つは地名表の枯草坂であり、一つは曲谷地Aである。他の一つは泉森である。しかし、刀片が出土したと伝え
られる場所には墳丘があった事実はないようである
なお、泉森から出土の刀片は現在、曲谷地の池田巌氏が所有している。これは東北歴史資料館によって復元さ
れた。
東北歴史資料館の見解によれば「時代は八世紀前後、奈良朝から平安にかけてのもので、同類のものは正倉院
御物に見られる」との事である。実測図を見て分かる通り、いわゆる直刀と呼ばれて反りがなく、古代の刀であ
ることを示している。刀身は勿論鉄製であり、漆を施した木質の鞘で被われていたと考えられる。特徴としては
把の部分が木質のものでできており、その上に細い撚り紐ですきまなく巻かれ、その上に漆を施していることで
ゐる。また把頭は、透様になっており、布片がみられるが、把全体に巻かれていたかは不明である。
なおこの刀剣が泉森で、池田菊治氏によって発見された際、郷土史家浅井末吉氏から鑑定依頼を受けた喜田貞
吉博士はその書簡(昭和九年)に、
「……彼の類の刀が石狩江別、謄振江庭、北見藻寄などからも出でたる事を知りまして非常に面白く存じ(中略
あれは奈良朝から平安朝初期へかけて衛府の兵士の帯びたものらしく、秋田県河辺郡からは此系統のもので大将
らの帯びた黄金作りのものも出て居ります……
またその後、実測図(写生図)を見た博士は、浅井氏への書簡に寄せて、