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の際、表土二〇センチメートルで、大湯浮石層の堆積を認め、それを除去して、住居跡の掘り込み面を確認して

いる。

カマドは、北壁の中央部に位置し、北壁を掘り抜いて住居の外に煙出し口を設けている。カマド積土として

白色粘土が使われたらしい。また、カマドの中程には土師器の甕がふせてあって、カマド構築の心材に使用され

たものと認められた。またその床面周辺からは多量の土器(主として土師器)が出土した。さらにその近くの、

ピットとよばれる小さな穴からは、内黒土師器〓の口縁部が出ている。その他出土品としては筒形土製品・手〓

ね土器・紡錘車・棒状土製品がある。

出土遺物の中でも、特徴的なものとして土師器があり、その器形は長胴甕形土器で、頸部に段をもち、底部に

は木葉痕、調整は口縁部をヨコナデし、外面・内面とも刷毛目状痕がみられる。そのほか、ヘラミガキのある内

黒土師器も出土している。これらのことから、この竪穴住居跡は、八世紀後半、奈良時代末のものと考えられて

いる。

2小平遺跡(鹿角市花輪字八幡平

この遺跡は、昭和五十二年から二カ年を要し、二次にわたって鹿角市教育委員会(調査者庄内昭男・伊藤種秋

により発掘調査された遺跡である。現在は平元地区の生活改善センターの運動広場となっている。田圃を隔てた

北側の台地には、前記の鳥野遺跡と源田平遺跡のある台地があり、沢を隔てた南側に小平部落のある台地が広が

っている。付近の水田面からの比高は二〇メートル程となっている。