テキストを表示
奥支配とへの強い対抗策であった。その所領政策をみる
と、郡奉行をつうじて管郡ごとの闕所地の検地と当知行
安堵申請の書類整理をおこなわせ、所領の実態を把握し
たうえで安堵と宛行に着手し、国府に反抗しないかぎり、
得宗領下の郷村地頭代職であっても給主としてそのまま
安堵して、国宣により地頭職を保証するという方針で臨
んでいる。この施策は陸奥に現実の勢力基盤をもってい
た領主層の掌握をめざしたものであるが、多くの武士層
によって支持されたことはいうまでもない。
このように、郡ごとに置かれた郡奉行所と郡奉行たちや
それをめぐる鹿角の動きについて、遠藤巌氏のご示教に
したがい、さらに検討を深めてみたい。
郡奉行所は、鎌倉期郡地頭職下の政所・検非違所など
の現地諸機能を包括した形で編成されていた。北畠氏の
政治方針の特色は、より以上に、郡奉行として複数の正
員が任命されていたことに示されている。すなわち、那
元弘四年南部師行への陸奥国宣(遠野南部文書)