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の名はみえないが、応仁二年(
四六八)二月に安東下野守師季の
名義で紀伊熊野宮へ津軽旧領地の
奪還を祈った祈願文が奉られてい
る(『熊野夫須美神社文書』熊野那
智山願書之事)。もしこの棟札が事
実とすれば、同様にこの安東師季が小豆沢大日堂へ同じ心願成就を祈願するため「堂鐘」を寄進したことも考え
られる。この堂鐘の冶工若州遠敷郡小南金屋の銘に、かつて盛季の子康季が若狭国小浜湊に近く法相寺羽賀寺を
再建したことを連想するのである。
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大日堂文明十八年棟札
また大日堂社記には、次の棟札がのせられている
聖主天中天大丹那南部十五代大膳太夫政盛
迦陵頻伽声奉行大里上総介為輔
奉修理大日堂大工成田宗祐
哀恐衆生者別当三位阿閣梨安倍儀安
我等今敬礼
(裏書)文明十八年丙午四月廿八日