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本郭は南側台地先端に位置する郭で、空堀で台地先端の丘状地形及び東方の台地から分離されている。
〓上面は平坦で、東西に長い三角形に近い形を呈し、長軸九三メートル、短軸三八メートル、標高一四六・五
メートルを計る。本郭北側及び南側には細長い腰郭状の平場があり、東側の台地を区切る空堀内には一部土塁状
の地形も観察できる。
北側の台地との間は、現在一部湿地・小沢となり、一段高い平場はりんご畑となっている。
この小枝指館の発堀調査によって、内包している多くの住居址や桃山陶器片をはじめとする各種遺物の出土に
より、鹿角の中世館の大半が戦国期、織豊期まで使用されていたことの確証を得たのは、まことに画期的な成果
であった。(鹿角市文化財調査資料〓『鹿角の館』より
2新斗米館
〈所在地〉鹿角市花輪字新斗米
〈遺跡の立地〉この館のすぐ北側には小平下館、三〇〇メートル北西には小枝指館、すぐ南東にも名称不明の
多郭館が接続している。
新斗米館は多郭連続式で、台地先端から高市集落の背後まで七個の郭状の地形が並んでいるが、館が密集して
いる地域であり、どこからどこまでが新斗米館なのかはっきりしていない
本遺跡のi郭は、その西側の郭(〓郭)東側の郭(v郭)と空堀で隔てられ、さらに北側と南側に土塁及び空
堀があり、従来から本館と考えられてきたところである。〓郭は、東西に長く、東西一二〇メートル、南北四〇
メートルの規模であり、標高一四九メートル、付近水田からの比高が二〇メートルである。