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(遺跡の概況>新斗米館跡の頂部は畑地として使用さ
れていたが、土地所有者は地盤を下げて耕作を容易にす
るため、削土に着手した。市教育委員会では、急遽発掘
調査を実施し記録保存することにした。しかしながら調
査員の確保等の問題で、第一次発掘調査は昭和五十四年
八月二日から十三日のわずか十二日間の調査に終り、十
取り対象面積の二十分の一をも消化できなかった。市数
育委員会は遺跡の重要性から残存部の調査を計画、昭和
五十五年八月十八日から十月十七日の二ヶ月の予定で第
二次発掘調査を実施し、記録保存を図ったものである。
〓第一次発掘調査の概況
検出遺構として、方形住居跡三軒(うち第三号住居跡
から多くの焼土・木炭・炭化物が検出されたのは火災に
あったものと推定)、竪穴遺構二基、溝状遺構二条があ
る。また柱穴群には掘立柱建物としての規則性は認め難
かった。
第29図新斗米館第1次発掘遺構配置図