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土師器は、製作にロクロを使用した甕形土器の破片三点、須恵器は、壺形土器の破片一点のみである。

陶磁器は一二点出土したが、内九点は近~現代陶器である

上部空堀から出土した青磁小片は、十三~十四世紀の中国製蓮弁文碗片である。丸皿または小皿破片は、十六世紀

前半の美濃灰釉皿の破片である。皿は約〓欠損し、高台がすり減っている

③金属器

出土した金属器は、鉄・青銅・真鍮の三種類からなっている。

駄製品は腐食しているためその形状が明確ではないが、二七~五七ミリメートルの長さの釘二五点・柄付小刀一点

・小刀二点・刀子茎部二点・鉄一点・手持ち部分を二回捻り、頭部を折り曲げて輪にした火箸一対・鎖一点・用途不

明三点の六種三六点である。

真鍮でつくられた鈴には刻印が認められる。

青銅製品は、破損しているため形状が明確ではないが、断面長方形を呈し、内部に木材が挿入されている一点のみ

である。

三八点の金属器のうち、その出土状況・形態等から「館」時代に生産・消費されたものより、それ以後のものが多

数を占めると考えられる。

④銅銭

本遺跡から出土した銅銭は、その銭名の判読できるもの六枚、判読できないもの(あるいは無銘)九枚の

計一五枚である。

判読できない、あるいは無銘銭とも考えられる九枚の銅銭のうち八枚については、銭名の削りとりか銭名をつけず

に鋳造したものの二者が考えられるが、前者の可能性が強い。またいわゆる「館跡」から出土する銅銭の中に、この