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第六節中世の文化

第一、石造物

鹿角市内の中世関係の石造物は、これまでのところ八幡平地区で確認されたものがほとんどである。鎌倉時代

の石造物としては、長牛に板碑一基、谷内に磨崖仏一基と板碑四基、小豆沢に板碑一基がある。

板碑は「本来供養のために建立した塔婆の一種である」(『国史大辞典』)が、その起源については定説がない

現在のところ、嘉禄三年(一二二七)の銘のある埼玉県大里郡江南村須賀広で発見されたものが最古のものであ

るとされている。鎌倉時代、新興勢力である武士に政治の実権が移り、また仏教界でも新興の宗派が布教に力を

入れたのが関東地方であったことから、板碑の数は主に関東地方に集中している。八幡平地区に現存する板碑の

年号は、鎌倉時代後期のものばかりである。

一、石造物の発見と概要

〓長牛の板碑

この板碑は昭和十四年(一九三九)に大湯の郷土史家浅井小魚氏によって発見されたが、近年までその存在が

ほとんど知られずにきた。昭和五十一年(一九七六)十月十九日付秋田魁新報に報道され、次いで安村二郎氏が