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○正安二年銘の板碑

サキサ

キリーク

サク

形状輝石安山岩質の自然石(不整五角柱)

高さ八〇センチ幅(字面)二四・

正安二年壬七月七日

庚子

二三・一九センチ

所在地鹿角市八幡平字堂ノ上一六番地大

藤原朝臣秀□

敬白

日霊貴神社境内

同秀有

同秀有敬白

この板碑が大日堂西側に建つ英霊塔後ろに移された年代は明確でないが、明治二十年代に描かれた蓑蟲山人の

「鹿角郡小豆沢大日堂ノ図」の中に、囲いをして立札の立てられている石が見えている。これが三尊石であった

かもしれない。昭和初年頃には「おったて石」と称して若者達の力競べの石とされていたらしい。いずれにして

も、近世以降は板碑の本来の意義は忘れられていたのであろう。種子サクの下の銘名は施主名であると思われる

が、草書体で彫りの浅い点が気にかかる。しかし、紀年銘との相関性が認められるところから、当時のものとし

て大過ないものと思われる。

二、石造物についての考察

〓石造物と信仰

鹿角市にある鎌倉時代後期の板碑や磨崖仏は、八幡平地区に集中し、しかも年代が接近している。本来はこの

他の地域にも板碑が存在していたと思われる。第七表でも明らかなように、種子は両界大日如来と阿弥陀三尊の