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れている馬神信仰である。毛野氏の出自などからして、朝鮮半島から移入された信仰かとも考えられる。祭神を

大日靄(霊)貴神としない社では、保食神(稲荷神社の祭神)としている場合が多い

次にソウゼン神であるが、この神は東北地方に信仰圏をもつ特異な馬の守護神である。このソウゼン神は、北

方交易によってもたらされた異国(北方遊牧民)の馬神とする見解がある。北奥羽の日本海側に面した地域は、

古くから北方交易が行なわれ、朝鮮からの難破船が出羽国に漂着した事も史料に何度か現われている。津軽の安

東氏が貞応元年(一二二二)に馬を輸入したと伝えられるが、馬の輸入はもっと早くから行なわれ、それに伴っ

て馬神(ソウゼン)の信仰も伝えられたと思われる。

本来駒形神もソウゼン神も同じ馬の神として信仰されていたものが、日本へ伝来した地域的相違によって名称

を異にしたものではなかろうか。

市内で最も古くから祀られた駒形神は大里のものと考えられるが、その神体は観音堂に安置されていたようで

ある。また最も広く信仰を集めてきたのは、芦名沢の観音堂(現在の芦名神社)であった。この観音堂には十

面観音像が祭られ、馬の守護神として崇められてきた。芦名沢は鹿角四十二館の一つに数えられ、慈覚大師の伝

説など古い歴史をしのばせる集落である。

このように、駒形神、観音、日神の信仰は、それぞれ関連あるものとして、民衆に受け入れられてきたと思わ

れる。