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注1本田安次「大日堂舞楽について」『上津野』六号一九八

2駒舞に用いられる駒頭は御神体である。また駒舞をしている能衆は神に化身するものとされ、駒舞も拝礼

の対象となる。他の権現舞、五大尊舞、烏遍舞も同様である。

3三説ほどある。ア、秋田県県北地方(吉田東伍『大日本地名辞書』、新野直吉『古代東北の開拓』)イ、

岩手県二戸郡(高橋富雄『天台寺』)ウ、岩手県胆沢郡(司東真雄『東北の古代探訪』)

4志田諄一『古代氏族の性格と伝承』・司東真雄『東北の古代探訪』

5司東真雄『東北の古代探訪』第一章三「毛野氏吉弥侯部族と駒形神」

6大塚徳郎「阿倍氏について(上)(下)」『続日本紀研究』・大橋信弥「阿倍氏同祖系譜の成立過程」『日木

史論叢』七輯

7・8・9・〓高橋富雄「天台寺文化の周辺」『天台寺研究』三号一九八一

〓福岡県直方市の観音堂の延久二年(一〇七〇)の塔婆は、表に胎蔵界種子曼茶羅、金剛界五仏種子などを

刻み、裏には弥陀三尊種子を刻む。同県福間町の天治二年(一一二五)の石塔婆は、一面に弥陀種子と胎蔵

界大日の種子を重ねて刻んでいる。

〓『檀毘尼長者本地』他

〓『紀伊米良文書』貞和五年(一三四九)十二月廿九日付の文書にもその名が見える。

〓安倍家文書『雑書』天保十年中の寛政八年六月廿八日付文書によると、寛文八年から盛岡の愛宕山広福寺

の末寺となったとある。

〓近世のものであるが、長嶺・阿部甚之助氏所蔵の『大日祭礼巡番附留覚帳』と題する寛政六年(一七九四)

~明治二十七年(一八九四)まで書き継がれた文書がある。