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り収納したものと推定される。

「銭定」とは字の如く銭納である。

雑穀定」とは「大豆定」や「小豆定」などがあり、いわゆる雑穀を中心と

する貢租形態である。

以上の諸形態について藩内全域を郡単位でみれば、和賀・稗貫・志和・岩手・

鹿角の五郡は米定を中心とする地域であり、特に和賀・稗貫二郡は所務高の約

九五パーセントを米納が占めている。志和郡の米納は右二郡に次ぐものの、検

見定中心の貢租の割合が三五パーセント強を占め、更に岩手・鹿角については、

米納中心の貢租比率が志和に次いで高いものの、検見定中心の貢租割合が米定

中心の貢租の半ばに達して、米納率を補うかたちとなっている。以上五郡に対

し、二戸・閉伊・三戸・北の四郡は銭定・金目定・金定中心の貢租となってい

る。すなわち二戸郡は銭定中心の貢租が最も多く、次いで金目定が占めている。

三戸・北の両郡は金目定が最も多く、それに次いで三戸郡の場合は銭定が、北

郡は雑穀定がそれぞれを占めている。閉伊郡では検見定を中心の貢租が約八〇

パーセントを占めて突出し、金目定がこれに次いでいる。総じて各貢租形態は

それぞれに地域性を有していたということになる。一方、諸士給人を階層別に

みると、上級層ほど米定・検見定の比率が高く、下級になるに従って右の形熊

第43表郡別貢租形態構成割合『諸士知行所出物並境書上』

(渡辺信夫『幕藩制確立期の商品流通』による)