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文の郷村帳にこれらの村々が記載されなかったのは、南部領表高一〇万石余に符節を合わせるため行政上の必要

から操作したものとみられている。なおその内黒土・高瀬の二村はおそらく近世初頭に消失したと思われ、中柴

内・折加内二村はその所在が判然としていない。

その後貞享元年(一六八四)五月書上『南部御領内郷村帳』には鹿角郡三三村とし、加えて「公儀へ御書上無

之郷村」は「鹿角郡の内三十五ケ村」としている。即ち公表村数三三、隠村数三五の六八カ村が既に成立してい

「篤焉

たこととなる一

)。また元禄一二年(一六九九)三月書上『陸奥国南部領郷村帳』によっても鹿角郡村数三一

家訓』

カ村は動いていない(

「前掲

書』

)。然し元禄一〇年(一六九七)九月『御領分十郡郷帳』には同様村数三三カ村としな

がらも、その幾つかの村にその他の村々や新田村が含まれていることを付記している。その分を挙げると

長牛村(白欠村)石鳥屋村(

曲沢村新田

長内村

)尾佐利村(三矢沢新田)花輪村一

神田村、甘蕗新田、

鏡田村、土深井新田

高屋村(

狐平新田、

花軒田新田

〓)柴内村(鶴田新田)高市村(上台新田)小枝指村(沢尻村)小平村(浜田村)

寺坂村(室田村)草木村一

蟹沢村、箒畑村

根市村、一本木村

)大湯村(

倉沢村、腰廻村、

冠田村、宮野平村

)関上村(風張村)高清水村(芦名沢村〕

毛馬内村(

中野村、石野村

万屋村

)大地村(赤坂村、〓村)小坂村

「濁川村、鳥越村、長者久保村、

長沢村、牛馬長根村

これらの村々の大部分は、恐らくそれぞれの()内の村との間に、親村・子村、本村・枝村の関係を持ってい

たと思われるが、なお一部検討を要する点もある。また元禄期を若干遡る天和二年(一六八二)改の『邦内貢賦

記』御代官所中村付によると、毛馬内・花輪二通に分けて次の四八カ村が掲げられている。

新斗米村草木村根市村一本木村腰廻村

毛馬内通

柴内村高市村乳牛村松山村小枝指村小平村

大湯村関上村石野村瀬田石村毛馬内村