テキストを表示

領主之運上懸らざるは無よし。

○玉内村皆農家にて山稼人也。又村内ニ小商人壱軒。豆腐、わらんじ、紙、烟草を鬻ぐ。侍ニ青き桃の有ける。

○小豆沢村中村ニ馬継所有。小商人、酒、烟草、草鞋、紙類を鬻げり。畑作多く麻、稗、黍、大豆、小豆等作る

○湯瀬村畑作、樵夫のミ也。小商人も有。馬継所にして旅籠やも有。温泉湧出て、架作り之旅店は其湯治宿也。村のう

ら稗畑、麻、紫根、椎茸等を売上し店有。田と云ては少しも無し。

肥料・農具

『鹿角方言考』(

大里武

八郎著

)の語彙の中から「かツちき」を引くと、刈敷の促まった音で、農家ぶ

出植前に多量の緑草を刈り田に敷いて緑肥とするもの、とある。又「じき」は食肥の略で下肥

のこと、鹿角ではコエは堆肥、ジキは下肥と区別して云うと説かれている。鹿角地方の近世は、農家の肥料とし

てもっぱら草肥、堆厩肥、下肥そして土肥に頼っていた。そのほかはせいぜい灰を利用する位で地元農民の記録

に乏しいが、当時の金肥である魚肥、粕肥の使用は殆どみられず、すべて自給の肥料であったと云える。隣郡麿

巣七日市長崎七左衛門の『老農置土産』(天明五年)のなかでも、肥料としてあげているのは一(苗代に)若土

早を苅込」「糞能利ク」「草歯歯(堆肥)」「荏糟(エゴマの油粕)」「小便・真糞の類へ水を入、水糞となし」一〓

糞(草木を焼いてつくった肥料)」「若き草木を馬に踏せ腐し置」などに尽きている。また前出の中村喜時『拙

作噺』(安永五年)の内「糞養」の項で、肥歯の有増を記すとし

干鰯一、荏糟一、人糞一、苅敷一、小便一、鶏糞一、腐魚一、水流の落し水

冬こやしと

夏こやし

つぶこや

一、古煤萱

是等は上肥

古歯の部也

)一、藁肥菌

)一、草肥菌

)、細肥歯

も申なり

共申なり

しと申

、灰肥歯一、土肥一、削草一、堰上土(

是等は通例

用る肥し也