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一、

馬盗人、三戸喜八へ申渡

具方義兼て行跡宜しからず、他領ニ罷出御境之掟ニ相背き、其上此度七戸御代官所ニ於て盗馬仕候。依て打首獄門申

付くるもの也。

(『雑書』元文二年五月二九日条)

、某村何誰儀、馬盗取り重罪之者ニ候得ども、御慈悲を以て討首ニ仰付けらる。有難く存じ可く候。

(『日本馬政史』南部藩記録・寛保元年)

馬泥棒は重罪なので打首だが、それでも前者の獄門(さらし首)にかかるよりはマシと決めつけられている。

、花輪御代官申出候ハ、支配所へ去ル廿七日夜、生國秋田之者四人馬拾疋牽き通候ニ付、他領之者入馬ハ松山御番所

之入切手を以て相改め候段相尋ね候処、松山御番所へハ相懸り申さず脇道へ懸り牽き参り候。段々相尋ね候処、秋田

唄之者ニ相違これ無く候。関所破り之無調法は勿論盗馬ト相聞候故、人馬共ニ押え置き候段、牛馬役人大森薗右衛門

立合詮議を遂げ候段、御代官心得ニて此度ハ用捨、松山御番所より追放し送り遣候様これを申渡す。

(『雑書』延享四年四月晦日条)

本来ならば厳罰に処すべきところではあるが、犯人が他国の者でもあり、この度に限って代官の裁量で放免す

るということである。

このように、隠し馬・密輸馬の取締り、他領払馬に対しては特に厳しい禁制があった。

他郷・他領への払馬

鹿角は確かに馬産地たる南部領の一角には違いないが、地形的には四方を急峻な高山

に囲まれて地積は狭少、一部を除いては決して産馬の好適地とは言い難く、七戸・五

戸・三戸などの優良馬産地とは比ぶべくもない。だが藩の厳しい馬事政策下にあっては、当然その一翼を担わな

〓・二戸などの優良馬産地とは比ぶべくもない。だが藩の厳しい馬事政策下にあっては、当然その一翼を担わた