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第四節鍛冶銅冶業

一、中世鹿角の鉄関連遺跡

遺跡にみる鉄関

連遺構と出土品

現存する文書や釣鐘などから見た鹿角の鍛冶師や鋳物師とその作品は、すべて近世のもの

いある。しかし中世の鹿角にも鉄の加工や、金属製錬にたずさわった人たちが存在したこ

とは確かである。

その一つの流れは吹屋と呼ばれた金山・銅山の製錬師の人たちであり、今一つの流れは中世の館遺跡に鉄に関

連する施設や出土品を遺した人たちである。近世の鍛冶銅冶について述べるにあたって、中世の鹿角の鉄にかか

わる遺跡や遺物について触れてみたい。

近年、鹿角市やその周辺での遺跡調査により、鉄の鋳造、鍛冶に関連すると思われる遺構や遺物が相次いで発

見された。そのうち、花輪地内の御休堂遺跡からは、鍛冶跡を思わせる焼土状遺構や鉄辞の出土が報告されてい

る(

『御休堂遺跡発掘調査報告書』」

九八一・鹿角市教育委員〓

○同じく花輪地内の下沢田遺跡で発掘された住居跡について次の興味ある報告があ

〓

下沢田遺跡発掘調査報告書』

九八四・鹿角市教育委員〓

)

)。

てれは、住居跡二棟に普通のカマドと異ったカマド類似施設が存在し、鉄製品・鉄録のほか製鉄と関係の深い

る(〓

フイゴ羽口、把手付土器が出土したことである。この把手付土器は「把手の反対側の残存部が二次焼成をうけて