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諸日記』に

第14図酒造米免許札の写

この証文には御勘定所神左内ほか一九名の

署名があり、その中松井庄作外四名は在江戸

となっている。なお鹿都屋善治は、御代官浦

上善兵衛の名を憚り善治と改名していたが、

本名に復することを指令されている。

なお『酒屋諸日記』には右の仮証文に続い

て上の酒造米免許札が記されている。酒造米

高六四石余は毛馬内町全体の量と思われるが、

白姓清八と酒屋組合の関係は明らかでない。

毛馬内鹿都屋善治は、天保一三年春に酒道具の封印をうけ、同年の一〇月に解除された。酒道

具の封印は、造石数の減量を命じられた場合、その分の空道具に施されたものである。『酒屋

覚

一、弐拾五石毛馬内町善治

一、本落壱本一、半切四枚

一、米敷大小二枚一、米漬桶壱本

一、樋口桶壱本一、掛舟壱挺