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一、慶長のゴールドラッシュ

金山の発見

わが国の鉱業の歴史において、二度にわたる画期的な発展の時代があったという。一つは、七、

八世紀の律令制古代国家の確立期、即ち天平二一年(七四九)陸奥国から初めて黄金が貢され、

多賀国府以北の諸郡の調・庸として金が納められた頃である。いま一つは、一六世紀から一七世紀前半へかけて

の、近世封建体制の完成をみる時期であった。

鹿角における古代の金山発見は、その産金によって奈良大仏、東大寺盧舎那仏の滅金がなされたとか、わが国

最初の産金地陸奥国小田郡とは現在の宮城県遠田郡元涌谷村黄金迫ではなくて、実は鹿角郡尾去沢地内田郡の小

田郡鋪周辺であったなどと伝えられてきた。また奥州藤原氏の黄金文化を支える有力な産金地帯の一つとして、

鹿角があったとも云われてきた。しかし今のところそれを裏付ける遺跡も史料も無く、いわば伝説・伝承として