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祖は永禄合戦の時長牛城攻合いで高名をあげた将監というもので、幾枚かの感状と田地安堵の証文が入って

いた。折から居合わせた百姓共に聞きただしてみても、老婆の話すことに間違いはなかった。そこで早速伯

父なる者を呼びだして糺明の上、横領された田地を取戻してやった。しばらくして十左衛門は、あの日老婆

が置いていったもう一つの包物を思いだし、家来に持ってこさせると、それは四尺ばかりの美事な山芋であっ

た。なおよく見ると、芋に付いた赤土のなかにきらきらした光り砂が混っている。不思議に思い、鉢に入れ

て洗いだしてみるとそれはみな砂金であった。さてはあの老婆、訴訟を有利にするため賄路がわりによこし

たかと疑ってはみたものの、日頃の貧しい暮しのなかからこのような贈物のできる訳がないと、もう一度老

婆を呼んで尋ねてみることにした。老婆の語るには、昔此処に砂金というものの出る山のあったことは伝え

られているが、話ばかりで見た者は誰もいない。遠い昔に都から来た人が砂金を持って帰り、それで奈良の

大仏を彩ったとか、その後も金を掘る人がいたという話もあるが、当国の主であった安倍殿が滅んでから

そのことも絶えてしまった。祖父からの言伝えには、あの山の奥の村の少年が朝草を刈りに行ったところ、

草の葉に金色の露がたまり、その輝く光が目を射て思わず気を失ってしまった。暫くして息を吹き返した時

は、その光物も消えていた。すぐに家に帰り、親たちと再びその所の草の葉をよく見てみると、どの葉にも

みな金色の粉や砂が付いていた。これこそ金というものであろうと、上方へ持っていくと数十貫の銭に代わ

り、それで田畑を買い長者となった。近郷の人々が羨んで探し尋ねたが、重ねてそのような不思議は起こら

なかったという。近年迄羽州から時々旅人が来て、薬にするからといってこの辺の土を取ってゆくと世間の

噂があるが、そのほかはなんの変わったこともない、という物語である。十左衛門はさてこそと思い、先口