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と成下され」云々と見える。「くぢさだ」とあるのは、公事沙汰のことであろう。
山師は、小規模な鉱山においては一山の経営者であり、技師長であった。大きな規模の鉱山では、山師は主に
採鉱分野を担当して幾つかの間歩を稼行し、選鉱製錬には買石(または石買、買吹など)とよばれる業者が当た一
た。山師の下で、金子・大工・手子・樋大工・樋引・寸甫・鍛冶とよばれる入々が、坑内外の労働に従事してい
たのである。
白根の金山時代におけるおもな山師たち、といっても現在残る資料の範囲内であるが、その稼行間歩とともに
年代を追い列挙してみる。
年代稼行間歩名山師出典
元和四本平弐枚五両青山与左衛門青山家白根史請
寛永五根田沢近江茂兵衛渡部氏所蔵文書
越中与茂七
同六根田影平加賀七兵衛同右
近江茂兵衛
同一二本山銅平青山庄左衛門青山家白根史蹟
毛馬内庄介
同一二本平之内佐藤左五兵衛渡部氏所蔵文書
石田儀兵衛
同一八柳平藤衛門間歩青山庄左衛門雫石・青山家文書
廣嶋吉兵衛
同一八牛沢金剛坊、化敷、青山庄左衛門青山家系事〓