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とく数年御改帳を指上げてきたが、金山に対する御蔵からの御売り米が不十分な時には、切支丹御改帳によって

御蔵米を受けるようにとの御奉行衆の云い付けである。しかしそうすれば沢中の者共が実人数を隠し置く結果に

なるかも知れない。もし宗旨の者が紛れ入り、一人でも隠し置いた場合には家主は勿論五人組もことごとく入牢

申し付ける旨を御証文でいただきたい。切支丹御改めの費用、御帳を盛岡へ持参する交通費も山中の者へ申し付

けてほしいが、それも御証文を見せないとなかなか納得がいかないと思う。併せて年一度のことであるから伝馬

一疋を頂戴致し度い、などの点についてであった。伝馬切手は、即日に交付されたもののようである。

きりしたん長左衛門

日根沢中へ切支丹宗徒が潜入することを極力警戒していた矢先、遂に宗徒発覚の一件

が起った。この事態は山内の切支丹改め役の庄左衛門は勿論、藩にとってもまさしく

憂慮に堪えない成りゆきであった。事の発端から結末に至るまで、その経過は逐一藩家老席に報告され『雑書』

に書留められているので、それを逐うほうがむしろ事件の緊迫さを伝えることになると思われる。即ち

○慶安三年二月廿一日

、白根御金山ノ山仕鍛冶久七所ニ居り候長左衛門と申す者、きりしたんノ由、毛馬内ノ内角右衛門、白根ノ内七蔵

小右衛門所ニ居り候久兵衛、右三人ニて訴人ス。右久七ニ預け置候ヘハ、彼の長左衛門走り申し候と、白根山仕青山

圧左衛門、松下弥右衛門、嘉藤吉左衛門三人も御山奉行儀俄八郎兵衛、堀切兵庫助へ状越し候由ニて、儀俄重右衛門

瀧沢三郎右衛門、堀切兵庫、儀俄八郎兵衛披露ス。其ニ就キ右ノ久七親子籠者ニと申付け、尋ね出し候様ニと、儀俄

八郎兵衛白根へ今日遣わス。

、右長左衛門秋田領十二所ニて捕り申す旨、白根ノ青山庄左衛門、検断左内より申上げたる由、今日戌ノ刻儀俄重右

〓門、瀧沢三郎右衛門披露ス。長左衛門白根へ参り次第、宿久七共ニ召連れ参り候様ニと儀俄八郎兵衛ニ仰付けらる。