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一、五拾七万九千三百斤但壱箇七拾五斤入ニ〆七千七百弐拾四箇

右ハ申年中西海廻為御登銅ノ内野辺地湊え御附出引

残九万千七百拾弐斤五分右ハ申十二月晦日改御山元有銅酉正月え持越

右ノ通去申年中出銅御山拂書上仕候旨懸り御勘定頭申之

この年の御登せ銅も全量野辺地湊出帆の西海廻りとなっているが、途中屡々海難に遭遇し海失銅を出すことが

多かった。寛政一二年七月二五日夜御用銅と大豆を積んだ大坂福嶋屋船が松前領西在赤神村灘にて難風に逢い破

船、船頭ら一二人溺死し積荷残らず沈んで、御用銅六四二箇と端銅六貫余を引揚げた外二四箇と端銅五貫余を失っ

たことなどその一例に過ぎない。

享和二年一二月、藩は再び長崎奉行成瀬因幡守らに対し定例銅直段の引上等について陳情した。まず御用銅の

直安は山元稼方に引合兼ねるとし、永年の稼所のため遠丁深敷となり釦勢が衰えてきたこと、吹方に用いる薪炭

は遠山となって多大の運送費がかかること、荒銅生産の諸入用が嵩んできたこと、加えて北海難所における海失

引揚

が多く直営以来銅高四〇万斤代金九、〇〇〇両余の損害に上ること、その懸上銅

)の雑経費も莫大である

銅

こと等をあげ、その度に「大膳大夫勝手向より相補ひ」長崎御用に差支えぬよう努めてきたと訴えている。さら

に去年夏山中に洪水の沢水が押出し敷内稼所居小屋から道筋まで被害をうけ、その復旧や新敷の水抜普請もあり、

このままでは稼方継続が困難なので「格別御直増成下され候歟」、又は「御用銅五拾三万斤ノ内弐拾万斤ハ先年

肥売ノ方え御買上成下され候直段荒銅百斤ニ付百六拾三匁ニて御買上げ」下さる様、大膳太夫勝手向は蝦夷地御

用の入用向もあって銅山迄は届かぬ次第なので、是非お聞き届けいただきたいと懇願している。これに対すス