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銭により生活を維持するため、いろいろな種類の日用品を供給してくれる商人や職人を必要とした。また農民は
つよく自給経済をおしつけられていたが、自給できない鍬や鎌、木綿、塩やその他の海産物などを得る交換市場
が必要であった。
鹿角の商業を考えるにあたり、まず初めに需要と供給の視点から、鹿角という農村地域のなかにあって、もっ
ぱら消費の側に立つ士分層や、商人、手工業者たちの集まり住む町場の存在を確認しておかなければならない。
つまり花輪、毛馬内、大湯の在町、それは「城下町市場で果せぬ部分を、その補助的分身として代行するために
設置された」(
竹内誠「近世前期の商業」
・『流通史〓』所収
)とも規定されているが、これらの鹿角の在町はいつ頃からどのような発
展の経路をたどってきたかを考察したい。また在町には、商品交換の場としての定期市が開かれているが、そこ
にあらわれる鹿角の地域的特色としてどんな点を把握しておくべきだろうか。
なお在町のほかに、有力な蔵米市場であり特異な消費地であった白根や尾去沢等の鉱山の存在がある。鹿角の
商業の発展は、これらの鉱山と大きくかかわり、鹿角に大商人の輩出した大半の原因も鉱山との取引に求めるこ
とができるといわれている。在町と鉱山の関係については、少なくとも銅山時代の鉱山集落は独特な供給・購売
形態をもっていて一般商人との直接的な売買行為はもたなかったが、在町の発達に鉱山が大きく影響をおよぼし
ていたことは自明の理であろう。花輪の例として、古くから金山衆が黄金の小粒を入れた竹筒を腰にして店や市
日を賑わした、金山衆の脱ぎ捨てた草鞋からも黄金がとれる、などという伝承が残っていることから、無視でき
ない関係のあったことは確かである。