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二、物資消費地としての鉱山

鹿角の諸鉱山、特に白根・尾去沢は古くからの御蔵米の最大の払出し先となり、また各種の生産資材を消費す

る大きな市場でもあった。

鉱山での消費物資について、藩政初期は資料を欠くが、次に示す二例は尾去山銅山が藩営となってからの明和

七年(一七七〇)と、寛政一一年(一七九九)の消費量を示すものである。

○明和七年書上げ

御銅山一ケ年諸品御入用大概左之通

一、五千四百駄程但米七斗四升入

一、三百三十駄程味噌大豆同断

一、三百俵程大坂御買下塩

一、三千六百反程同断木綿、但一筒百弐拾反入

一、五拾万貫目程大炭

一、弐百八拾石程小炭

一、三千間程春木、但壱間壱丈四方之定

一、八百五拾万本程枯竹(〓

一、弐拾本程茶、但し大坂御買下、壱本廿四貫匁入

〓三千八百間程笹板、但し壱間ハ六枚

一、壱万九千本程留木五尺六尺八尺取合

一、四千八百貫匁程延鉄

一、弐万四千斤程葉煙草

、拾万五千〆程火主衣草

一、拾弐万本程荷形

、六拾石程清酒

一、百六拾石程濁酒

一、壱万枚程銅莚

一、五千枚程上莚

右之外諸品色々之れ有り候得共、出鉗銅増減ニより年々

甚夕甲乙之れ有り、三御山御入用は御銅山御入用積程

ニ而宜く相見得候。当時休山故之を略す。

但し大坂御買下諸品代金は凡八百五拾両程、尤年々

増減之れ有り。

(『御銅山記』阿部家文書)

○寛政一一年中における金銭諸品支出高

一、米その他銭一〇、三六〇貫九四三〓

内米三、五二二石六五〃八、四八五貫〇四六文

味噌一〇、七八七貫〃八四七貫余

大豆二二二石〃五七〇貫その他